庭師の仕事は、「得体の知れない」ものなのかもしれない。
この石たちは、ここに必要なのか?ここに置いた庭師は何を考えている?
有名な庭師が、センスの良い人が「いい庭ですよ」と言えば、そういうものかと何となく納得するだろう。
ただ、スッキリはしない。実際、納得できていないのだ。
画家や陶芸家、音楽家の仕事もそれに似ている。
そう、考えて理解するものではなく、数式に当てはめたり、誰かに答えを求めたりするではなく、
「見る人次第」、自分の心で感じ取るものだからだ。
パチパチ、ギコギコと枝を切り、ウィーーンとバリカンで枝葉を刈り揃え、芝生も刈る。
石を据え、砂利を敷き、木や草を植える。
それが庭師の仕事。
仕事中に「何しているの?」と子供に声を掛けられ、
「ん? 私は何をしているのだろう?」
子供に説明する言葉が見当たらない、、、
「庭を綺麗にしている」と言った方が子供には分かりやすいかもしれないが、
自分自身、庭を綺麗にしようと思って仕事をしていないし、困ったものだ。
「庭をいい感じにしている」が正解なのだろうな。
実際、「いい感じ!」と言って頂けると嬉しい。
この前は、「すがすがしい!」と言って頂き、今でも心に響き続けている。
嬉しくて「すがすがしい」とネット検索してしまった。 「清々しい」と書くのだな。
理由や説明など堅苦しいことは脱ぎ捨てて、「いい感じ」とか、「心地よい」とか、「なんか幸せ」とか、にやけて参りましょう。
非現実的で魅力的。
「得体の知れない」ところ、悪くない。
そう言われたら、にやけてしまう。
それぞれにあると思います。
聞いて下さりありがとうございます。
またお会いしましょう。
髙木

