庭師への道「得体の知れない」 2025

庭師の仕事は、「得体の知れない」ものなのかもしれない。

 

この石たちは、ここに必要なのか?ここに置いた庭師は何を考えている?

 

有名な庭師が、センスの良い人が「いい庭ですよ」と言えば、そういうものかと何となく納得するだろう。

 

ただ、スッキリはしない。実際、納得できていないのだ。

 

画家や陶芸家、音楽家の仕事もそれに似ている。

 

そう、考えて理解するものではなく、数式に当てはめたり、誰かに答えを求めたりするではなく、

「見る人次第」、自分の心で感じ取るものだからだ。

 

 

パチパチ、ギコギコと枝を切り、ウィーーンとバリカンで枝葉を刈り揃え、芝生も刈る。

石を据え、砂利を敷き、木や草を植える。

それが庭師の仕事。

 

 

仕事中に「何しているの?」と子供に声を掛けられ、

 

「ん? 私は何をしているのだろう?」

子供に説明する言葉が見当たらない、、、

 

「庭を綺麗にしている」と言った方が子供には分かりやすいかもしれないが、

自分自身、庭を綺麗にしようと思って仕事をしていないし、困ったものだ。

 

「庭をいい感じにしている」が正解なのだろうな。

実際、「いい感じ!」と言って頂けると嬉しい。

 

この前は、「すがすがしい!」と言って頂き、今でも心に響き続けている。

嬉しくて「すがすがしい」とネット検索してしまった。 「清々しい」と書くのだな。

 

 

理由や説明など堅苦しいことは脱ぎ捨てて、「いい感じ」とか、「心地よい」とか、「なんか幸せ」とか、にやけて参りましょう。

 

 

 

非現実的で魅力的。

「得体の知れない」ところ、悪くない。

 

そう言われたら、にやけてしまう。

 

 

それぞれにあると思います。

 

 

聞いて下さりありがとうございます。

 

またお会いしましょう。

髙木

 

他のブログを見る